2011年7月2日土曜日

1日目、夜、なんとかホテルを確保 『彼は敵ではないが味方でもなかった』

「どうですか?先生。俺らここに泊まりたいんですけど」
もう泊まる気満々のユウである。せっかくだからもうすこし経験値を上げてもらおう。
「値切って(にっこり)」
「え?」
「だから値切ってきて?(さらににっこり)」
「いやあの・・・俺らこの値段で満足・・・」
絶句するユウの後に言葉を続けるマサシだが、私の微笑ですごすごとカウンターに戻る。
 以下英会話
『少し安くなりませんか?』
『困ります。お客さん。私どもの一存ではなんとも・・・』
それは確かに困るだろう。
『二部屋かりるんですから、そこを何とか!!』
『私に値下げをする判断はできかねるんですが・・・』
『うちの先生がどうしてもって言うんです・・・』
不安そうな面持ちで彼らを見守る星原君。大丈夫だよ、さすがにここまで来て値段で泊まらないとかは言わないから。 別の要因で泊まれないことはあるかもしれないけどね。
『しばらくお待ちくださいね、マネージャと連絡を取って見ます』
そして見事値引きを勝ち取った。$20→$17と$30→$25だ。安い方の部屋の値段が下がるとは思っていなかったので私も大満足だ。星原君もやっと部屋に入れると思ったのか満面の笑顔。しかし・・・
「先生、ここのホテル、ドルしか通用しないらしいんですけど、俺らドルないんで両替してください」
ニコニコ笑いながら私のところに来るユウと心配そうな顔になる星原君。さすがにここで私も『両替?するわけ無いじゃん。』とは言わない。それはいくらなんでも無茶が過ぎる。
「確か日本でのレートが1ドル93円だったから・・・」
iPod touchで為替レートの確認をするユウ。
「土屋銀行のレートは1ドル100円だ」
ここですんなり両替などしてやるわけが無い。大体、彼等の計画性の無さを私がわざわざフォローしてやるはずが無いではないか。
「それともどっかに今から両替しに行くのか?」
「うおー!!マジかよ、助けてくれないとは言ってたけどここまで?」
頭を抱えるマサシ。 
しぶしぶ私の言い値で両替をするユウであったが、
「先生、でもヤッパ高いですよ」
ドルを受け取ってから不平を言うユウ。本来ならば両替などしてやらないところだが、今回は状況を鑑みて手助けをしてやっているのだ。できれば市内をさらに歩き回らせてやりたいところなのだが、この程度のペナルティで我慢してやる。過ぎたるは及ばざるがごとしだ。これ以上はトラウマになるだけで少年の成長を阻害してしまう。
「いやならいいんだよ。僕は別に困らないからねぇ。」
私はいやらしさたっぷりの口調で彼らを追い詰める。ここは心を鬼にするところなのだ。ああ楽しい。
『ちょっとマジで値切るとかありえねーんだけど』
今にもそんなことが口から出てきそうなホテルの従業員。実際に現地語でそのようなことをつぶやいていたと思う。もちろんベトナム語などわかりはしないが。
 全員のパスポートを出してレジストレーションをする。ベトナムは宿泊をするときにほぼ確実にパスポートの提示を求められる。
 ここにきてやっと調べてきた英会話が役に立ったようだ。役に立ったようだが、彼等の調べてきた英会話は『旅行用』のもので『修行用』のものではなかったようだ。そもそもホテルに泊まる程度の会話力など元から持っているだろうに。
「あ、そういえば大事なこと忘れるとこだった」
iPod touchを見ていて思い出したユウ。
 支払い関係で後々トラブルを起こさぬように、領収書をもらう。
 疲れた顔の従業員。この時点で時刻は午後9時30分である
 そして部屋はそれなりによい部屋だった。私と星原君の泊まる部屋は通りに面していて、夜景もそれなり。
 クーラーも新しい。全体的にきれいにまとまった部屋である。
 ただし、ベッドがセパレートではないのが大問題だ。
バスタブは無いが、必要十分なバスルーム。本日の汗を流すには十分だ。
 こちらはユウとマサシの部屋。なぜか上半身裸のマサシ。サービス?と思いきや、その理由は最終日に判明した。
 とりあえずみんなで集合してくつろぎながら、本日の総括をはじめる。これからユウとマサシは両親への報告をしなければならないので、そのための情報整理だ。
 くつろぎすぎてズボンを脱ぎ始める星原君。この後ギターを引いているのだが、さすがにその姿はネットにはさらせない。ちなみに彼はトランクス派だ。
「親御さんへは『今日は無事ホテルに到着しました』とか書いておくといいよ」
私のアドバイスにしたがって素直に『無事です』とメールに書き込むユウ。今日は特に事件らしい事件も起きてないのでこんなものだろう。
 私と星原君は彼らがメールをしている間、窓から大道芸をただ見する。ちょうどパフォーマーがファイヤーダンスをしているところだった。
 メールを送信したユウとマサシ。現在時刻は10時30分。これから食事に行く予定だが、その前に明日の計画を立てることにする。
 現在地と自転車屋の場所を把握し、そこからの行動を考えることにした。
 せっかくインターネットが使えるので、ネットも交えて情報を収集する。しかし、ホーチミンからプノンペンまでのバスでの移動の記録はたくさん見つかるが、自転車での旅というのは私達の過去の海外修行以外に前例があるかどうかもわからないため、有効な情報は発見できない。
インターネットの情報を元に地図をみながら作戦を考えるユウとマサシであったが、本来この作業は日本で行われるべきものである。明らかに行動が遅い。そのことをおそらく骨身にしみて感じているところだろう。
「あー、腹へって来た」
コンピュータでいまいち調べものがしきれていないユウだったが、ホテルが取れた安心感からか空腹を訴える。
「そろそろ飯行きますか?」
そういって私を振り返るマサシ。今日は彼らを私のお気に入りの屋台に連れて行くつもりである。安くてうまいが少々衛生が不安な場所だ。今日屋台で飯を食わせて、明日体調不良になるようであれば、これからの旅程に『清潔なレストラン』という制限が加わるようになるだろう。もちろんそんな展開は望ましくない。

1日目、夜、ホテルは見つけたが・・・ 『言葉の壁』

 特にユウの疲労が大きいようだ。無理も無い、双眼鏡の重量が今になってきいてきているのだろう。
「どうするね?ホテルの情報は持っていないのかい?」
一応確認のために声をかける。とりあえず黙り込む二人。
「仕方が無い、シンカフェまで戻ったらどうだ?」
私はそろそろ限界だと感じて助け舟を出した。
「えー、めちゃくちゃ遠いっすよ?」
口を尖らせるユウ。やはり自分の今いる場所を把握していないようだ。
「そこの路地入ってしばらく歩くとすぐだよ。ホッシーもかなりきつそうだから、とっとと宿に入ろう。」
本来ならばあまりしないことだが、彼らをホテルのある通りに誘導することにする。
 「ヨッシャァ!!じゃあ、ホテルについたら飯ですね?」
いきなり元気になる星原君。一応さっきも食べたと思うのだけど?
「ああ、あれは昼飯っス」
なるほど。
 「んじゃ、そこの路地だから。」
そう言って向かいのおもちゃ屋の隣の通りを指差す私。そこは有名なブイビエン通りである。この通りを真っ直ぐ進むと、先ほどのシン・カフェのあるデタム通りにぶつかるわけだ。飯と聞いて急に元気になった星原君が、『やっと飯が食える』と言わんばかりの顔になる。果たしてそう簡単にいくかね?
 路地を入ると、いくらか薄暗い通り。しかし先の方にはにぎやかな店が軒を連ねているのが見える。
 そしてひときわネオンのまぶしいホテルを見つけたユウ。疲労もあってかとりあえず入って見ることにした。
以下はユウとスタッフの英会話だ。
『すみません?ここで泊まる事ってできますか?』
『こちらはツアーデスクになっております。』
『ツアーですか?ホテルに泊まりたいのだけど?』
『ホテルのフロントは上の階になっております。』
 確かに上の階にもホテルのフロントらしき場所がある。
 そしてスタッフの言う通り、ユウが話をしているのはツアーデスクのようだ。写真にもそう書いてある。
数分会話をするユウであったが・・
「なんかここ、ツアー客専用のホテルみたいで俺ら泊まれないみたいです。しょうがないから別のところに行きましょう」
何をどう勘違いしてこんなことになったのだろうか?
「おいユウ、あの人が言ってるのはな・・・」
そこまで言いかける星原君の肩をたたき私は首を横に振る。『手出し無用』である。
「ちょ、マジかよ!!」
もう勘弁してくれと言う顔の星原君。残念だがこれが彼等の能力の限界と言うことだ。無事にホテルが取れたら種明かしはするが、それは今ではないのだよ。
「なかなかうまくいかないもんだなー」
頭をかくマサシ。
「しょうがないよ、まぁこの辺はホテル多そうだからいいんじゃん?」
お気楽な様子のユウ。確かにこのあたりには大小たくさんのホテルがある。この先いくらでもホテルは見つかるだろう。しかし根本的な問題があるのだが。
 さらに進むと、外国人観光客でにぎわってきた。実は屋台も多く出ていて、不思議と足取りも軽くなる。
絵を売っているお土産物屋もある。帰りに時間があったらこの辺りで買い物をしてもよいだろう。
 「うーし、次はあそこだ。」
ユウがまた別のホテルに目をつけた。このあたりはホテルがひしめいているので、総当たり戦でいけばいつかは泊まれるホテルがあるだろうという気分が、今の彼らを気楽にしているように思える。もちろんこれで宿が取れなかったらさすがに私としても想定外だ。非常に面白いことになるだろう。
 ユウが目をつけたホテル。なかなかにこぎれいである。下にあるのはタトゥーとピアスの店。さすがに今回は間違えなかったようだ。
 階段を上る二人。少し足にきているかな?
 ホテルのスタッフに部屋の空きと値段を聞くユウ。
 ここからバスツアーの申し込みもできるようだ。
 日本語が使えるかどうかはわからないが、インターネットも完備しているらしい。ロビーのコンピュータも使えるが無線LANによるインターネットも可能だ。
 部屋を見せてもらえるように交渉するユウ。このあたりの予習はばっちりのようだ。
 エレベーターに乗って部屋を見に行ったユウとマサシ。
「結構いい部屋でしたよ」
上機嫌でユウが戻ってきた。
「おお、値段は聞いた?」
私の予想ではここは一泊25ドル以上するはずだ。
「安い部屋は20ドルです。ただ、一部屋しか空いてないそうです」
ここで私は意地悪く聞いてみた。
「それで?どうするんだ?」
「俺ら安い部屋泊まるんで」
とユウ。
「先生たち高い部屋でお願いします」
と続けるマサシ。
値段を聞くと高い方でも30ドルとの事だ。まぁいいだろう。このくらいの図太さが無ければこの先やっていけまい。しかし、彼らはまだもう一つ大きな問題を抱えていると言うことを忘れているようだった。

2011年7月1日金曜日

1日目 夜、今夜の宿は・・・ 『八方ふさがり』

 ホテルを目の前にして元来た道を引き返すユウとマサシ。星原君の顔が引きつる。たった今、今日はホーチミンで宿を取ると言う話をしたばかりだというのに、彼らはその存在に気付いていないのだ。ルール上星原君は口を挟むことができない。
「スゲー、うまそう!!」
豚の丸焼きに目を奪われるマサシ。
「来た道を戻りますね」
主導権を取り戻し、地図を見ながら振り返るユウ。
「とりあえず、どこに行くか決めてから動き始めないか?」
さすがに闇雲に動き回るのに精神的な苦痛を感じ始めた星原君。そもそも決定権のない彼にとってはあちこち引き回されている感覚しかない。
「決めました。今来た道を戻ります」
即断即決のユウ。
 星原君の重い足取りとは対照的に賑わいを見せる夜の街。
「よし、じゃあ今度はこっちに行ってみよう」
ずんずん前に進んでいくユウ。
「いやさ、お前ら目的地をちゃんと決めて歩こうよ!!」
さすがにあまりの適当さに苦言を呈する星原君。
「じゃあ俺が決めました。あっちに行きます。」
きっぱりと言い放ち、ずんすん進んでいくマサシ。星原君が言いたいのは、『せめて宿のありそうな場所にアタリをつけてから動け』ということなのだが、全く通じていないようだ。即断・即決・即行動。私の好きな動きだが、このタイミングでは少しきつい。
 地図を手に入れたことでいくらか方向感覚のわかるようになったユウとマサシは、今まで足を踏み入れたことの無いゾーンへと進んでいく。
「しっかし、ホテルないなぁ・・・」
周囲を見回すユウ。この行動、もう少し早くやっていればすぐにホテルには入れたのだが。
「光君がシン・カフェのあたりにあるって言ってたぜ?」
マサシが言うが、シンカフェを出てすでに2時間半は歩いている。
「え?今から戻るの?」
さっきあったホテルに戻りたい星原君だが、私が彼に目配せをしてその先を発言することを禁じる。
「んー、とりあえずもう少しこの辺あるってみましょう」
結局まだ歩き続けることに。現在時刻は午後9時だ。
 既に声をあげる気力も無くなった星原君と、ほとんど惰性で前に進むユウとマサシ。あまり地図を見ていないようだ。
 こんな時間でも開いている八百屋。八百屋と言うよりは果物屋か。ドリアンなど南国のフルーツが店先に並ぶ。
 通りの向かい側にはおもちゃ屋が。古いタイプのおもちゃがたくさん売っている。
「やべぇ・・・マジ疲れた・・・ってかホテル無いし」
道路にしゃがみこんでしまうユウ。
「どうするか・・・」
さすがにマサシも疲労が激しいようだ。
二人とも、先ほどまでの勢いは無く、さらに現在位置も見失ってしまったらしい。現在、自分達がどれだけとんでもない状況にあるかをやっと把握したようだ。